国境なき事務員 (国境なき医師団の事務員の現場レポート)

2018年、汐留の広告代理店から国際医療NPO「国境なき医師団」へ転職。現在、アドミニストレーター(事務員)としてケニアでのHIV対策プロジェクトで働いてます。尚、このブログはあくまで高多直晴の個人的な経験や考えを掲載しています。国境なき医師団の公式見解とは異なる場合もありますのでご了解ください。

年間2000人のレイプ被害者の診察を行うSGBV診療科

 休暇初日はナイロビに立ち寄った。

 行先はナイロビの巨大スラム、マザレ地区で運営している国境なき医師団の診療所だ。新聞記事や内部資料などを通じて知識としてスラムの医療活動のことは知ってはいたけれど。機会があれば、自分の目と耳を通じて知っておきたいと思っていて。まあ単純にボクが働くHIVプロジェクト以外の活動(難民、貧困、飢餓対応など)はどんな事をやっているんだろう、と興味があったんです。

f:id:st-maria1113:20180712204900p:plain

Wikiから借りてきたマザレのスラムの写真。水道はあるが、電気はほぼ来ていない。


このマザレ地区のプロジェクトでは日本人看護師(Head of Nurse)のトモミさんが働いていて。今回は彼女に無理いってマザレの診療所を案内してもらいました。小柄で可愛らしい看護師さんだけど実はケニアの前は南スーダンとシリアのミッションに参加していた”歴戦の勇士”。人はみかけによらないものだとつくづく思います。彼女によるとこのスラム地区の診療所では主に3つの活動を行っているとのこと。

 

f:id:st-maria1113:20180712210749p:plain

セキュリティー確保のため出入口はこの鉄扉のみ。他に看板もなにもなく、銃持ち込み禁止のステッカーが張ってあるけれど。どうみても病院の入り口に見えませぬ。



①(救急)外来の受付

管轄するマザレ地区で起こった交通事故、喧嘩、ドラッグトラブルによる被害、銃撃(主に警官に撃たれる。)などの外傷治療がもっぱら。そのスラムの住人の救急搬送も無料提供している。

 

f:id:st-maria1113:20180712210739j:plain

外来受付と治療室。金曜の夜ともなると酔っぱらいのケンカ(ナタで殴り合い)やドラッグトラブル(多くは銃創)などで混雑する。

結核病棟の運営

結核は空気感染するので緊急外来とはスラム内の別の施設がある。

アフリカの多くの国ではHIV感染後にAIDS発症して免疫力が低下、その後、結核に感染し死亡するケースが圧倒的に多い。(AIDS発症患者の30%-40%が結核になってしまう。)

参考HP:結核は世界の問題|大塚製薬

 

③SGBV・性暴力診療科

SGBV(Sexual and Gendar Based Violence)というのは一言でいうとレイプ被害者の心身の治療を行う診療科このと。スラム地区とその周辺でレイプ被害にあった患者を対象に治療を行っている。特に心理ケアについては専門カウンセラーと精神科医のタッグチームで対応している。またケースに応じて地元警察との連携もはかっている。

 

さて本題SGBVについて。

マザレ地区の人口はおよそ60万人で杉並区とほぼ同じです。SGBVについていえば2017年はウチの診療所だけで2000人以上のレイプ被害者が診察と治療を受けています。ちなみに去年の最年少の患者は三歳児だった。もちろん診療所に来ていない患者も大勢いるので被害実数はこれよりはるかに多い。例えば杉並区のひとつの診療所で年間2000人以上のレイプ患者を受け入れてるなんて事になったら、もうそれはあり得ないほど壊滅的な社会状況だと思うのだけれど。そんなありえない状況が起こっているのがここの診療所でした。

 

実際、ボクが案内された時も待合室には4人の女性がいて。その内3人はおそらく10代で、さらに一人は明らかに10代前半だった。知らなければ中学校の保健室と見間違うほどだ。そして彼女たちと目が合う。控えめな表現でも「最悪な経験」をしたばかりの彼女たちに「How are you?(気分はどう?)」などという訳にもいかず、かるく「Hello」とだけ挨拶を交わした。「他のプロジェクトを見ておきたい。」ということでスラムの診療所を訪問してみたものの、こういう事態は想像していなかった。

 

f:id:st-maria1113:20180712210809p:plain

SGBV診療科の一角。右側がカウンセリングルームで左側が精神科医の診断室。プライバシー確保のため基本的に患者と関係者以外立ち入り禁止。

彼女たちは初診で外傷の診断のほか被害状況のヒアリングと専門家による心理カウンセリングを受ける。レイプ被害者の状況は一様ではないので患者一人一人に応じたケアプログラムを組み、それに沿って二回目以降の治療が進められる。性感染症や妊娠がある場合は心理ケアと同時にそちらのケアも並行する。そして性感染症と一言でいっても、日本と違いナイロビのスラムでは深刻な病名も多い。代表的なのはHIVと肝炎。HIVは放置すれば致命傷になるし、肝炎に感染すれば将来的に肝臓癌のリスクが跳ね上がる。

 

レイプが元でHIVや肝炎になるなんて「最悪の中の最悪」なのだけれど、年間2000人も患者がいれば少なからずそういうケースにも出くわすらしい。今回、興味半分で訪問したスラムの診療所。当初は「自分の目と耳できちんと知っておきたい」などと呑気なことを思っていたのだけれど。いざ現実を目の当たりにすると「知っておきたい」などという自分の浅はかさを知るばかりで。今回、ボクはほとんど何も知ることが出来なかったように思う。

 

ー待合室の彼女たちはどんなおもいでいるのか?

ー何故、男たちはこうも頻繁にレイプを繰り返すのか?(ホンマ、何考えとんねん!)

ーそもそもボクはなんで赤の他人のレイプ被害のことをブログで書いてるんだっけ?

 

正直、そういう基本的なことは全然わかりませんでした。自分は全然知らないんだなあということだけが分かったような。そんな訪問でした。

 

f:id:st-maria1113:20180712210851p:plain

スラムと道を挟んで反対側にあるのがイスリーと呼ばれるイスラム系住人の地区。待合室でみた女の子と同い年くらいの子が談笑していた。

それでも、こういう事実があるってことは、ほかの日本人やほかの先進国の住人に伝えたいとういう衝動のようなものがボクの中に生まれまして。遥かアフリカでの地で女の子が何千、何万人レイプされても、まあ日本の日常生活にはたぶん1ミリも影響はないのだけれど。アメリカやEUでは一時、#Me Too が大きなニュースになったりしてたけど。レイプ経験者が4人に1人といわれるケニアのスラムではme tooだらけで全然ニュースにもならない、ということを何となく知ってほしかったんですよね。