国境なき事務員 (国境なき医師団の事務員の現場レポート)

2018年、汐留の広告代理店から国際医療NPO「国境なき医師団」へ転職。現在、アドミニストレーター(事務員)としてケニアでのHIV対策プロジェクトで働いてます。尚、このブログはあくまで高多直晴の個人的な経験や考えを掲載しています。国境なき医師団の公式見解とは異なる場合もありますのでご了解ください。

問題:医者がストライキをするとどうなるでしょう?

ボクらが活動支援している公立ホーマベイ病院の職員がストライキに突入してから今日で10日目。しかも今年にはいってからこれが2回目。原因は給料の遅配です。ここ2ヵ月の間、公立病院の職員(つまり公務員)は給料をもらっていないんですよね。ケニアに限らず世界のほとんどの国の法律は医療関係者のストは禁止してるけど「そもそも給料が払わられていない時点で雇用契約が成立してないんじゃね?」ってことで現在、病院職員たちは厚生省相手に裁判中。そしてスト決行中です。

 

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普段は満床のHIV病棟も今は廃院と見間違うほど。帰るあてのない患者が一人だけ病棟のベッドに横たわっていた。

 

さてここで問題です。

医者(を含めた病院関係者)がストライキに突入するとどうなるでしょう

 

答え:

入院患者のご飯がまかなえない。

シーツや包帯やトイレットペーパーの交換・補充がない。

外来を受け付けない、

盲腸になっても手術してくれない。

体育で骨折してもギブスしてくれない。

だれもレントゲンやCTスキャンをとってくれない。

死にかけている患者も一時帰宅するか費用がかさむ私立病院に転院するしかない。

結果、患者の死亡率が上昇する。

 

日本人含めて先進国の住人からすると「患者を見捨ててストなんてありえない!」と思うでしょ。いや先進国じゃなくても普通の感覚ならありえないって思います。それはケニアでも同じ。自分たちがストをすれば患者がどれだけ困るかはもちろん職員も分かっています。彼らも好きでストをやってるわけじゃない。罪悪感だってあります。中にはスト破りして病院にでてくる職員もいます。一方で給料が2ケ月振り込まれてないっていう、ありえない状態が続いているのも事実。f:id:st-maria1113:20181117023801p:plain

普段は一つのベッドを二人で使うこともあるのだけれど、いまは閑散。

 

債務超過とインフレと公金横領が三本セットの慢性的な財政危機にあるケニアでは公務員への遅配は日常茶飯事。役所が発行した小切手が幹部職員の横領が原因で不渡りになることもあります。職員の多くは日本と同様にいろんなローンを抱えているし、それが滞れば銀行から督促も来る。子供たちの授業料の振り込みもある。これではクリスマスプレゼントどころか、今日の晩飯が食べれないってことになるわけです。もう他人の世話どころじゃなくなります。

だから「患者には気の毒だけどもう、やってらんねぇ!」

というのもわからなくもない。

 

ちなみに国境なき医師団のスタッフには皆さまからの貴重な寄付のおかげで、ちゃんと滞りなく給料が振り込まれております。なのでちゃんと働いています。ストライキのシワ寄せは公立以外の医療関係者にダイレクトに波及します。特に遠隔地医療チームでは土日返上で働くスタッフも増えます。それでも数百人いる厚生省スタッフ分を補うことには当然無理があり、状況は厳しくなるばかり。

 

それにしても「治療しないと死ぬかも」という状態で自宅に戻される患者さん、小児病棟から子供を連れてかえる親御さん、ギリギリまで生活が追い込まれ患者を自宅に戻すしか選択肢がなくなった病院職員の気持ち。それを思いやると腹が立つというか、もどかしいというか、しっかりしろよケニア政府というか。そんな訳でこのところウチのスタッフもメディカルチームを中心にイライラが募っています。

 

長いオマケの解説:

 この公立ホーマベイ病院は国境なき医師団(以下MSF*1)がサポート業務を行っているこの地域の中核医療施設。MSFは難民キャンプなどでは自前で病院運営しているところもありますがケニア・ホーマベイのプロジェクトでは資金的に単独の病院運営ができないという理由と、地域の病院の自律的な活動を促すために厚生省(Ministry of Health)と協力体制をとり公立病院の支援というカタチをとっています。現在は診療所の建設、HIV治療に特化した薬や医療機器の提供のほか、医療人材(医師、看護師、研究者など)の提供のというカタチで病院運営を支援しています。

しかしストライキになるとそもそもの支援相手が機能停止してしまうので実際の治療活動は大きく制限されてしまいます。

そしてケニアの場合、公立病院ではたらくスタッフは医師も調理師も救急車のドライバーも厚生省と契約している公務員になります。ですから一旦ストに突入すると病院機能はマヒしてしまいます。

いずれにしても患者の死に直結する医療関係者のストライキを目の当たりにするといろいろずっしり重いですね。